![]() |
|
![]() |
|
|
![]() Flashアニメの歴史(第1回〜Shockwave前夜) Flashアニメの、あるいはもっと対象を広げてウェブのと言ってもいいけども、とにかくオンライン上で見られるアニメーションの歴史はそんなに長くない。最近の盛り上がりは本当にここ数年に起きた出来事だ。 ここ数年で急激に盛り上がってきた理由は単純で、回線状況の変化があったからである。つないだ時間だけお金を払う従量課金のナローバンドから、好きなだけ使える定額のブロードバンドへ。少し細かい話をすると、1990年代の主流は、56Kbpsのダイアルアップ接続(ちなみに1994年ごろは9.6Kbpsが普通)。もちろんCATVインターネットやISDN接続はあったけど、CATVは開始当時(1996年10月)従量課金で256Kbps、「OCNエコノミー」(1996年12月)は128Kbpsで月定額4万円弱。高いお金を払ってまで回線を改善したい人は多数ではなかった。 しかし1999年9月に「JAISTネット」が日本最初の商用ADSLサービスを開始してから、2001年9月の「Yahoo!BB」の価格破壊によるブレイクをきっかけに、ADSL利用者数は2002年末で500万件、2003年末に1000万件を突破した。つまり2000年代に入ってようやく、大容量の動画ファイルを(お金と時間がかかるからといって)嫌がる人が減り、製作者側も容量を1Kバイトでも削るために、アレコレ苦労しなくて済むようになったというわけである。 言い換えると1990年代までは、2Dイラストレーションが面白おかしく動けば、それだけで皆満足していたのである。ちょっとズレるけども、例えばパソコン通信の頃には「京姉妹シリーズ」(1991年〜)というものがあった。今でいうアスキーアートや顔文字を使った投稿を、自動で切り替えて表示させる工夫でアニメイト(animate=静物に生命を与える・活き活きとさせる)させたもの。今なら2ちゃんねるの顔文字板の投稿を、順に表示させるようなものだろうか。紙芝居に近いものだけど、これでも当時は立派なアニメーションである。 初期のオンラインのアニメーションは、製作者側と閲覧者側の通信環境に大きく左右されていたゆえに、何もかもを詰め込むよりは、1つのアイデアのために削ぎ落として表現する方向性が強かった。つまり200〜400Kバイトもあるファイルはそれだけで大作ということになり、その状況では納得のいく作品を作れないと判断したクリエイターは、別の場所で自作を発表した。例えば「コンピュータ上で作ったアニメであること」が条件に組み込まれている、1989年から続く自主制作アニメ上映会「CGアニメコンテスト」に出展したり、デザイナー版のコミックマーケットとも言われた「フロッケ展」(第一回は1994年)で販売したり、などである。初期のフロッケ展は、Flash以前の動画作成ソフトの定番である「Director」で作られた動画ファイルが入ったフロッピーが多く並んでいた(そのうちフォント販売が多くなってムービー作者は少数派になる)。 だが逆に、インターネットの貧弱な環境を前提に、最大限のアイデアを盛り込んだ作品を発表していくクリエイターもいた。それが大御所「TAKAGISM」の高木敏光氏である。
・脳内洗浄ムービー ・NewAkiba VideoPodcast ・2次元萌え ・3次元萌え ・4次元萌え ・電子出版 ・オリジナルグッズ ・ネットランナー公式HP ・ニュース(3月3日以前)
|
![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||